特定の人が対応すると成約するのに、他の人だと同じ商品でも決まらない。この属人営業から抜け出す仕組み化は、トークの標準化ではなく記録から始めます。本稿では属人化した営業を仕組みへ移す三つの工程を、各工程の作業と順番の理由、つまずきの見分け方まで含めてお伝えします。
手順の前に——なぜ記録から始めると解けるのか
属人営業とは、導線の欠陥を人の力量で埋めている状態
工程に入る前に、この手順が効く理由を押さえておきます。理由を先に置くのは、手順だけを真似ると途中の判断で迷うためです。
属人営業とは、営業担当が特別に優秀な状態のことではありません。導線の欠陥を、その人の力量が毎回その場で埋めている状態です。
成約までに相手が受け取るべき情報の順序が設計されていないため、不足分を担当者が会話の中で補っています。優秀な人ほど上手に補えるので、欠陥は隠れ続けます。
成約率を決めているのは、話し方の巧拙より、どの情報をどの順で渡すかという設計のほうです。順序が崩れた提案は、どれほど上手に話しても相手の中で組み上がらないためです。
だから、その人が休んだり離れたりした途端に数字が落ちます。落ちた原因は残った人の力不足ではなく、補われていた欠陥がそのまま表に出ただけです。
力量の差に見えていたものの正体が設計の欠陥なら、直せるという話でもあります。人の才能は移せませんが、設計は誰の商談にも移せるからです。
この構造が分かると、直す対象も決まります。人のトークを真似させるのではなく、補われていた中身を導線側へ移すことです。
そして補われていた中身は、実際の商談の記録の中にしか残っていません。だから、この手順は記録から始まります。
始める前に決めるのは、対象の一人だけ
準備として決めるのは一つだけです。誰の営業を記録に起こすかを決めます。トークの録音も分析ツールも要らないのは、この手順が観察ではなく記録の比較で進むからです。
複数の担当がいるなら、最も成約率の高い人を選んでください。最も多く補っている人の記録にこそ、導線へ移すべき中身が濃く残っているためです。一人で全部やっている事業なら、対象は自分自身になります。
自分一人の場合でも、この手順は同じように効きます。「自分が直接話せば決まるのに、資料や文章だけを送った相手は決まらない」という形の属人化だからです。この場合は、対面の自分と、資料だけの自分を二人の担当として比べることになります。
工程1:成約と非成約を、一件ずつ記録に起こす
やること:渡した情報と順序を、紙に並べる
最初の工程は、記録起こしです。直近の商談から、決まった一件と決まらなかった一件を選びます。二件で足りるのは、目的が統計ではなく差分の発見だからです。
それぞれについて、相手が「知ってから判断するまで」に受け取った情報を、受け取った順に書き出してください。粒度は、初回の接触で何を伝えたか、次に何を送ったか、商談の場で何をどの順で説明したか、という程度で足ります。
成約側と非成約側は、できるだけ条件の近い二件を選んでください。商材も相手の規模も違う二件を比べると、差の原因が導線なのか条件なのかを切り分けられなくなるからです。
書式の例を挙げます。「①紹介で名前を知る→②会社案内PDF→③初回面談で費用感の説明→④事例の紹介→⑤見積もり」という矢印の列です。
一件につき5〜10行の列ができれば、この工程は完了になります。所要は2件で1時間ほどです。
思い出せない部分は、空欄のまま残してください。空欄それ自体が「記録に残らない形で何かが補われていた」という発見になります。埋められない場所ほど、その人の頭の中だけで処理されていた部分だからです。
なぜ最初なのか:頭の中の営業は比べられないから
順番の理由を確かめておきます。なぜ記録が最初で、トークの分析ではないのでしょうか。
営業の中身が頭の中にあるうちは、良し悪しを比べる方法がありません。優秀な担当者に「なぜ決まるのか」と聞いても、返ってくるのは「相手に合わせているだけ」という答えが大半です。上手な補いほど無意識に行われるため、本人にも自分が何を補っているかは見えていません。
紙に出して初めて、二件を並べて比べるという操作が可能になります。比べられる形にする作業が、仕組み化の入口です。
ここで「記録より先に、ヒアリングの型を整えるべきでは」と思われるかもしれません。型は工程3で作る部品の一つですが、何を聞くべきかは決まった件と決まらなかった件の差からしか導けません。だから、順番を守るほうが結局早く着きます。
なお、ヒアリングの場は聞き出す場ではなく、相手の状況を一緒に整理する場として設計すると機能します。整理された相手は、自分の課題を自分の言葉で言えるようになるため、その後の提案が刺さりやすくなるからです。
工程2:決まった件と決まらなかった件の「差」を言葉にする
やること:話し方と熱意を禁句にして、違いを書く
二つ目の工程は、二枚の記録を横に並べて、違いを言葉にする作業です。所要は30分ほどで、道具は工程1の記録だけで済みます。
ここには一つだけ禁止事項を置きます。「話し方」「熱意」「相性」という言葉を使わずに、違いを説明することです。この三語は、違いの中身を見る前に説明を打ち切ってしまう言葉だからです。
禁句にすると、違いは情報の側に現れてきます。たとえば、決まった件では費用の説明の前に事例が渡っていたのに、決まらなかった件では相手の課題を確認する前に提案へ進んでいた、という形です。
情報の側の違いだけを拾うのは、それだけが再現できる違いだからです。話し方は人に付いて回りますが、渡す順序は誰の商談にも移せます。
書き出す違いは、三つもあれば足ります。数を増やすより、「この差が結果を分けたのではないか」と思える一つに印を付けるほうが大切です。印を付けた差が、次の工程の材料になるからです。
なぜ二番目なのか:差が見えて初めて、直す場所が決まるから
工程2を挟む理由は、直す場所の特定にあります。記録だけでは、どこが欠陥かはまだ分かりません。
成約した流れは、担当者の補いが効いた導線の姿です。非成約の流れは、補いが届かなかった導線の素の姿になります。二つの差分こそが、力量で埋められていた欠陥の正体です。
欠陥という言葉が強すぎるなら、未設計の区間と言い換えても構いません。埋めるべき場所が一つ特定できれば、この工程の目的は果たされています。
差分を言葉にせずに工程3へ進むと、部品づくりが的外れになります。よくあるのが、立派な会社案内を作り直したのに成約が変わらない、という形です。差分が「事例の渡る順番」にあったなら、直すべきは資料の見栄えではありませんでした。
工程3:差を埋める部品を一つ作り、次の商談で試す
やること:口頭で繰り返している説明を、一枚の形にする
三つ目の工程で、初めて何かを作ります。作るのは、印を付けた差を埋める部品一つだけです。一つに絞るのは、部品の効き目を次の商談で検証できる形に保つためです。
部品の形は、差の種類で決まります。事例が渡っていなかったなら商談前に送る事例の一枚、課題の確認が飛んでいたなら面談の冒頭で使う確認項目の一枚、費用の説明で止まっていたなら費用の考え方を先に伝える一枚です。
中身は、新しく考える必要がありません。対象者が口頭で繰り返し説明していた内容を、そのまま文字に起こすのが最短です。繰り返されていた説明は、相手が必要としていたことの証拠でもあります。
作ったら、次の商談で一つだけ試します。複数の部品を同時に入れないのは、どれが効いたかを次の記録で確かめられなくなるためです。試したら、その商談も同じ書式で記録に起こします。
効き目の見方も決めておきます。部品を入れた商談で、これまで口頭で補っていた説明の時間が減ったかどうかです。成約の有無より先に、補いの量の変化として効果は現れます。
なぜ最後なのか:記録と差が、部品の設計図になるから
部品づくりを最後に置く理由は、ここまでの二工程が設計図の役割を果たすからです。
記録が無いまま作る部品は、思いつきの資料になります。差の特定が無いまま作る部品は、的の無い改善になります。設計図があって初めて、一枚の紙が導線の欠陥を埋める部品として働きます。
そして、この順番には副産物があります。部品を試した商談を記録に起こすと、工程1に戻る循環ができることです。仕組み化は一度きりの工事ではなく、この循環の回転そのものになるため、一周目の完成度に神経質になる必要はありません。
つまずきやすい箇所と、その見分け方
この手順で実際につまずく場所は、だいたい三つに決まっています。
一つ目は、工程1で記録が「議事録」になることです。話した内容を全部書こうとして力尽きる形になります。
見分け方は行数で、一件が10行を大きく超えていたら書きすぎです。書くのは渡した情報と順序だけで、発言の再現は要りません。
二つ目は、工程2で禁句が復活することです。書き出した差の中に「説明が丁寧だった」のような言葉が混ざっていたら、それは話し方の言い換えです。「丁寧」を「何を・どの順で渡したか」へ翻訳し直してください。
三つ目は、工程3で部品を作り込みすぎることです。一枚のつもりが十枚の資料になっていたら、試す前に完成度を上げようとしています。部品は試作品でよく、判定は次の商談の記録がしてくれます。
三つに共通するのは、真面目な人ほど陥りやすいという点です。丁寧にやろうとする姿勢が、比較と検証という本来の目的を遠ざけてしまいます。作業を小さく保つことが、この手順では品質になります。
三つの工程を一度通したあとに残るもの
一巡すると、手元に三つのものが残ります。
一つ目は、比べられる形になった商談の記録です。頭の中の経験と違って紙の記録は残るため、以後のすべての改善の土台になり、担当者が替わっても引き継げます。
二つ目は、話し方と熱意を使わずに営業を語る言葉です。この言葉があると、チーム内の振り返りが「頑張り」の話から「渡す情報と順序」の話へ変わります。頑張りは増やせと言うしかありませんが、順序は誰でも直せるため、会議が具体的になります。
三つ目は、試作と検証の循環です。属人営業からの脱出とは、優秀な個人を複製することではなく、その人が毎回その場で補っていた中身を、導線の部品へ一つずつ移していく循環を持つことです。
現在地の確認も、一つの問いで済みます。直近の成約一件について、相手が受け取った情報と順序を、担当者以外の誰かが説明できるか。できなければ工程1から、できるなら差の特定へ進んでください。
もう一つ、危険信号も書いておきます。担当者が休暇を取りづらそうにしている、引き継ぎの話題が避けられている。こうした空気は、補いの量がその人の限界に近づいている合図でもあるため、工程1を急ぐ理由になります。
総括:営業力に頼らず、導線で成約率を作る
本稿では、属人営業から抜け出す仕組み化を三つの工程で組みました。成約と非成約の記録起こし、禁句つきの差の言語化、差を埋める部品の試作という順で、どの工程も紙と1時間あれば進められます。
この手順が効くのは、属人営業の正体が「導線の欠陥を人の力量で埋めている状態」だからでした。補われていた中身は記録の中にしか残っていないため、記録が最初になります。優秀な人を責める話でも、辞めさせない工夫の話でもなく、その人の中身を設計へ写し取る話です。
トークの標準化から入る仕組み化が失敗しやすいのは、順番が逆だからです。何を渡すかの設計より先に、どう話すかを揃えても、欠陥は埋まりません。台本が揃った営業が伸び悩む現場の多くで、起きているのはこの順番の取り違えです。
今日できるのは、決まった一件と決まらなかった一件を選ぶことです。明日の1時間で記録に起こせば工程1は終わり、仕組み化はもう始まっています。
そして、この三工程は営業の場だけの話ではありません。商談の前に相手が何を受け取っているかという「営業前」の設計まで広げると、そもそも補いの少ない商談が増えていきます。その設計は、次の記事で扱っています。
