CTAとは、読者に次の行動を促すための要素を指します。登録ボタン、申込リンク、資料請求の案内。呼び方は業界用語ですが、指しているものは身近です。
この要素が機能しないとき、多くの場合は文言や色に手が入ります。しかし本稿で扱うのは、押されない原因がボタンそのものではなく、その手前にあるという構造です。
CTAとは何か。そして、なぜ押されないのか
文言を変えても、数字が戻ってくる
ボタンが押されないと気づいたとき、最初に試されるのはたいてい言葉の入れ替えです。「今すぐ登録」を「無料で試す」に変え、「お問い合わせ」を「まずは相談する」に変える。
変えた直後に、数字がわずかに動くことはあります。ただ、多くの場合その動きは長続きせず、しばらくすると元の水準に戻ります。
三度言い換えても結果が変わらないとき、そこで得られる結論は「言葉が悪かったのではない」というものです。変えたのに変わらなかったという事実自体が、原因が別の場所にあるという手がかりになります。
ところが実務では、この手がかりが読み取られないまま次の言い換えに進むことがよくあります。三度失敗したのだから四度目で当たるかもしれない、という感覚が働くからです。
ここで見落とされているのは、三度とも同じ場所を触っていたという点でしょう。回数を重ねても、触っている場所が同じであれば結果は変わりません。
ボタンを疑うのは、いちばん目につくから
それでも私たちが最初にボタンを疑うのには、はっきりした理由があります。ボタンは画面の中で最も目立ち、しかも一箇所に収まっているからです。
直せる範囲が小さく、直した結果もすぐ確かめられます。手を付けやすい場所から着手するのは、ごく自然な反応でしょう。
ただ、直しやすい場所と、原因のある場所は別です。落とし物を探すとき、明るい街灯の下ばかりを見てしまうのと似た構図が、ここにはあります。
もう一つ、ボタンが疑われやすい事情があります。改善の相談をする場面で、話題に上げやすい単位だからです。
「文言を変えてみましょう」は誰にでも伝わり、着手も速い。一方、「直前の文脈を整えましょう」は、何をどう変えるのかが曖昧に響きます。
本稿では、いったんボタンから目を離します。読者がそのボタンを見た瞬間に、何を材料にして押すかどうかを決めているのか。この一点から考え直していきます。
判断は、ボタンを見る前に終わっている
視線が届いた時点で、読者はもう決めている
読者がページを上から読み進めて、最後にボタンへ到達する場面を思い浮かべてください。そのとき読者の中では、何が起きているでしょうか。
ここまでの文章を読んで、この提案が自分に関係するかどうかの見当は、すでについています。ボタンに視線が届いた時点で、押すかどうかの判断はほとんど終わっているのです。
なぜなら、ボタンに書かれているのは行動の名前だけであって、判断の材料ではないからです。「登録する」という三文字から、新しく分かることは何もありません。
つまりボタンは、決断を作る場所ではなく、すでに固まった決断を実行に移す場所だと言えます。ここで起きているのは判断ではなく、動作です。
この区別が付くと、数字の読み方も変わってきます。ボタンが押されない状態は、ボタンで拒否されたのではなく、そこへ届く前に決着がついていた状態だからです。
言い換えれば、押されなかった読者はボタンを見ていないわけではありません。見たうえで、押す理由を持っていなかっただけなのです。
扉ではなく、そこまでの廊下を見る
この構造は、建物の中を歩く場面に置き換えると分かりやすくなります。部屋に入るかどうかを、人は扉の前に立ってから考え始めるわけではありません。
そこへ向かって廊下を歩いている間に、案内表示を読み、目的の部屋かどうかを判断しています。扉の前に着いたときには、開けるつもりで来ているのです。
逆に、廊下に案内が何もなければ、扉の前で立ち止まります。取っ手をどれだけ立派にしても、この立ち止まりは解消しません。
手を入れるべきは扉ではなく、そこまでの廊下のほうです。ページで言えば、ボタンの直前までに何が書かれていたかということになります。
直前に要るのは、二種類の材料
これは自分に関係がある、という理由
では、直前には何が置かれていればよいのでしょうか。必要なものは二種類あり、性質がまったく違います。
一つ目は、この先にあるものが自分に関係すると分かる材料です。受け取れるものが何であり、それが自分のどの困りごとに触れるのかが、そこで示されている必要があります。
抽象的な約束では、この役割を果たせません。「成果が出ます」という一行からは、自分が対象かどうかを読み取れないからです。
逆に、対象を狭く名指しした一行は、当てはまる人にとって強く働きます。範囲を絞ると人数は減りますが、絞られた側にとっては初めて自分の話になるのです。
ここで注意したいのは、関係があると分かることと、価値が高いと分かることは別だという点です。どれほど優れた内容でも、自分の状況と結びつかなければ、読者は他人の話として通り過ぎます。
実際、直前の文章が商品の説明で埋まっていることは少なくありません。何が入っているかは詳しく書かれているのに、それが誰のどの場面で効くのかは書かれていない、という状態です。
押しても大丈夫、という手がかり
二つ目は、押した後に何が起きるかが分かる材料です。読者が最後に確かめたいのは、価値ではなく安全のほうだからです。
押したら即座に契約になるのか、確認画面が挟まるのか。連絡先はどう使われるのか。断りたくなったときに引き返せるのか。
これらが書かれていないと、押す手が止まります。読者は損をしたくないのではなく、何が起きるか分からないことを避けているのです。
なぜなら、分からない状態で進むには、あとで困ったときに自分で対処できるという見通しが要るからです。見通しが立たない相手は、進むより待つほうを選びます。
この二つは、どちらか一方では足りません。関係があると分かっても不安が残れば止まり、安心できても自分に関係がなければ押す理由がないからです。
そして、この二つを置く場所には順番があります。関係があるという理由が先で、安心の手がかりが後です。
興味を持っていない相手に手続きの説明をしても、読む理由がありません。逆に、関心が高まった直後の読者は、次に何が起きるのかを知りたがっています。
利得を示してから不安を解く。この順序は、ページの全体でも、ボタン直前の数行の中でも同じように働きます。
色と文言を変え続けた先で起きること
一時的に動いて、元に戻る
ここで、実際によく起きる進み方を見ておきます。ボタンの色を変え、数字が少し動き、また別の色を試すという繰り返しです。
色を変えると数字が動くこと自体は、不思議ではありません。見え方が変わればボタンに気づく人は増えるため、そこまでの数は動きます。
ただ、気づいた人が増えても、押す理由を持っていない人の判断は変わりません。目に入る人数は増え、押す割合は変わらないという結果に落ち着きます。
試した回数だけ、原因から遠ざかる
問題は、この試行が続くほど、原因の切り分けが難しくなることです。変更の履歴だけが積み上がり、何が効いて何が効かなかったのかが混ざっていきます。
そのうえ、時間も消えていきます。半年かけて十通りを試した後に残るのは、十通りとも変わらなかったという事実だけです。
ここで立ち止まって考えたいのは、なぜ十通り試したのかという点でしょう。おそらく、直すべき場所が他に見えていなかったからです。
打ち手が一つしか見えていないとき、その一つを繰り返す以外に選択肢がなくなります。視野を手前へ広げることは、選択肢を増やすことでもあります。
もう一つ、この繰り返しには副作用があります。試すたびに少しだけ数字が動くため、手応えがゼロにならないという点です。
まったく動かなければ、早い段階で別の場所を疑えたでしょう。わずかに動くからこそ、次で当たるかもしれないという期待が残り続けます。
「では文言に意味はないのか」という疑問
効くのは、二つの材料が揃っているとき
ここまで読むと、文言には意味がないのかという疑問が浮かぶはずです。この点ははっきりさせておきます。
文言には意味があります。ただし効くのは、直前の二つの材料が揃っている場合に限られます。
押す理由も安心も揃っている読者にとって、ボタンの言葉は最後の一押しとして働きます。「登録する」より「無料で受け取る」のほうが動きやすいのは、この状態にいる人にとっての話です。
逆に、材料が揃っていない読者には、どんな言葉を置いても届きません。文言の改善は、効く順番が後ろにあるというだけで、無意味ではないのです。
強い言葉は、数字を後ろへ移すだけ
もう一つの見方は、強い言葉で押し切ればよいというものでしょう。実際、急かす言葉を置けばクリックの数は増えます。
ただ、その先で何が起きるかも見ておく必要があります。理由を持たないまま押した読者は、次の画面で「やはりやめておこう」と引き返すからです。
結果として、止まる場所がボタンの手前から後ろへ移動します。強い言葉が動かしているのはクリックの数であって、その先の判断ではありません。
そのうえ、期待と中身がずれた経験は記憶に残ります。同じ相手に次の案内を届けたとき、開かれる確率は下がっているでしょう。
そもそも文章が読まれないという手前の前提については、記事「なぜ、あなたの文章は読まれないのか」で扱いました。本稿は読まれた後の、最後の一手に絞っています。
ボタンの直前3行だけを読んでみる
抜き出して、続けて読む
最後に、いま動いているページで判定する方法を置いておきます。必要なのは自分のページだけで、10分あれば終わります。
まず、対象のページを開き、ボタンの直前にある3行を抜き出します。画面上で眺めるのではなく、その3行だけを別の場所へ書き写してください。
周囲から切り離すのは、ページ全体を見ていると、書き手の記憶が補ってしまうからです。他の場所に書いてあることを、無意識に読み込んでしまいます。
抜き出した3行を、初めて読む人の気持ちで続けて読みます。見るのは文章の巧拙ではなく、二つの材料がそこにあるかどうかだけです。
3行という区切りに厳密な根拠はありませんが、実務ではおおむね機能します。読者がボタンの直前で実際に目を通しているのが、その程度の分量だからです。
ページが長い場合でも、この作業の対象は増えません。上のほうに何が書いてあっても、ボタンの手前で最後に読まれるのはこの数行だからです。
どちらが欠けているかで、直す場所が決まる
読み終えたら、二つの問いに答えます。この3行から、受け取れるものが自分に関係すると分かるか。そして、押した後に何が起きるかが分かるか。
前者が欠けているなら、直すのは提供するものの説明です。誰のどの困りごとに向けたものかを、直前に一行足すところから始まります。
後者が欠けているなら、足すのは手続きの説明でしょう。次に何の画面が出るのか、いつ連絡が来るのか、断れるのかを短く書き添えます。
両方が欠けている場合は、後者から手をつけるほうが速く終わります。安心の材料は事実を書けば済むのに対し、関係があるという理由は考える作業を伴うからです。
3行に何を足すかは、欠けているほうを見れば決まります。ボタンの言葉を並べ直す作業とは、必要な手間の種類が違います。
総括:直すのはボタンではなく、その手前
本稿では、CTAが押されない原因を、ボタンではなくその直前の文脈として整理しました。ボタンに書かれているのは行動の名前だけで、判断の材料は含まれていないからです。
読者がボタンに視線を届かせた時点で、押すかどうかはほぼ決まっています。決断を作っているのは、そこへ至るまでに読んだ内容のほうです。
直前に要るのは、これは自分に関係があるという理由と、押しても大丈夫という手がかりの二つでした。どちらか一方では、読者の手は止まります。
CTAの改善とは、ボタンを作り替えることではなく、その手前の3行に何を置くかを決めることです。
文言や色に意味がないわけではありません。ただ効く順番が後ろにあるため、手前が空いたまま磨いても結果は戻ってきます。
明日その場でできることは、ボタンの直前3行を別の場所へ書き写し、二つの材料があるかを確かめることです。新しく用意するものは何もありません。
欠けているほうが分かったら、その一行だけを足してください。両方欠けていたなら、事実を書けば済む安心の材料から先に置きます。
足した後にすぐ数字が動くとは限りません。それでも、この作業には確かな利点があります。
次に手を入れるとき、何を変えたのかが自分で説明できる状態になっているという点です。
色や文言を試し続けた半年と、直前の材料を一つ足した10分では、残るものが違います。前者に残るのは変更の履歴で、後者に残るのは判断の理由です。
次に読みたい記事——行動のハードルを下げる。決めやすさという設計
直前の3行を整えても、その先の手続きが重ければ読者は途中で止まります。押した後に長いフォームが待っていれば、せっかく作った理由も安心も持ち越されないからです。
押す理由を作ることと、押した後を軽くすることは、別々の作業になります。行動を止めている手間の正体と、それを一つずつ減らす手順については、次の記事で詳しく扱っています。
