ペルソナは作らない。「悩みの地図」で顧客を捉える

WEBマーケティングの基本

読み手を深く理解するためには、詳細な人物像を設計するべきだ——WEBマーケティングを学ぶと、ほぼ必ずこの考え方に出会います。しかし私は、実務でこの人物像づくりを行っていません。

一人を作り込むより、市場に分布する悩みや願望の全体を「悩みの地図」として俯瞰するほうが、読み手に届く精度は上がると考えているからです。本稿では、人物像に頼らない顧客理解の考え方を、順を追って解説します。

「ペルソナは作らない」と聞いて、不安になる方へ

人物像を設計しないと聞くと、多くの方が不安を感じられるはずです。宛先のイメージがないまま書き始めたら、誰に向けているのか分からない、ぼやけた文章になってしまうのではないか。実際、発信を始めたばかりの方から、この不安をそのまま相談されることがよくあります。

真剣に読み手へ届けようとしている方ほど、この不安は強く出ます。

その感覚自体は、まったく正しいものです。宛先を持たずに書かれた文章は、実際に誰にも刺さりません。万人に向けた言葉が誰の心にも残らないことは、広告やコピーの世界で古くから繰り返し確認されてきた経験則でもあります。

宛先は、間違いなく必要です。

では、なぜ宛先を絞ると言葉が届きやすくなるのでしょうか。理由は、宛先が定まるほど、選ぶ語彙・置く前提・出す例が一つに定まるからです。誰にでも通じる書き方を狙うと、語彙も前提も最大公約数へ薄まります。

つまり効いているのは、「一人」という形式ではなく、宛先が具体的であることのほうです。

この区別は、宛先を特定の一人に固定したときに表面化します。その一人が発信の対象から外れた瞬間、書き手は「次は誰に宛てればよいのか」という問いに引き戻されるからです。

形式が一人であることに依存していると、宛先はその都度作り直さなければなりません。ところが宛先が具体的でありさえすればよいのなら、それを一人という形で持つ必然性はどこにもないのです。

問題は「宛先を持つかどうか」ではなく、「宛先を何で持つか」にあります。一人の人物という形で持つのか、悩みの分布という形で持つのか。私が実務で選んでいるのは後者であり、その道具にあたるものが、本稿でご紹介する「悩みの地図」です。

人物像を手放しても、宛先はむしろ鮮明になります。

ここで「人物像がなければ、具体的に書けないのではないか」という反論が浮かぶかもしれません。もっともな疑問です。しかし、具体性を生むのは人物の細部ではなく、悩みの輪郭のほうです。

「都内在住・二児の母」といった細部をいくら足しても、その人が何に困っているかが曖昧なら、言葉は具体的になりません。逆に属性が空白でも、「発信しても反応がなく、続ける意味を見失いかけている」という悩みが描けていれば、文章は一気に具体性を帯びます。

具体性の源は、属性ではなく悩みの解像度のほうにあります。この一点を押さえておくだけで、人物像を手放す不安は、かなり小さくなるはずです。

なお、人物像を細かく作り込むことで生まれる「架空の一人」の問題そのものについては、集客記事「ターゲットはどう決める?『架空の一人』の落とし穴」で構造を整理しています。本稿はその続きとして、では宛先を何で持ち、どう整理するのかという「代わりの持ち方」を扱います。

「悩みの地図」——人ではなく、悩みを俯瞰する

悩みの地図とは何か。一言でいえば、市場にどんな悩みが、どのくらいの広がりと深さで分布しているかを見渡す捉え方です。順を追ってご説明します。

読み手は一人ではなく、分布している

ブログ記事もメールマガジンも、実際には不特定多数の読み手に届きます。その読み手たちは、年齢も職業も置かれた状況もばらばらで、設定どおりの一人などどこにもいません。ただし、完全にばらばらかといえば、そうでもありません。

あなたの発信にたどり着いた時点で、読み手たちは共通の何かを抱えています。それが悩みです。

属性は共有されていないのに、悩みは共有されている。この事実が、顧客理解の出発点になります。30歳の会社員と50歳の経営者が、同じ「集客がうまくいかない」という悩みで同じ記事にたどり着くことは、実務ではごく普通に起きています。

なぜ、属性は共有されないのに悩みは共有されるのでしょうか。理由は、情報を探すという行動を起こす引き金が、属性ではなく悩みだからです。人は「40代だから」検索するのではなく、「集客できないから」検索窓に言葉を打ち込みます。

同じ引き金を引いた人が、同じ場所に集まります。だからあなたの記事の前には、属性がばらばらで、悩みだけが揃った集団が並ぶことになるのです。

読み手を束ねているのは属性ではなく、悩みのほうなのです。

一枚の顔写真と地形図の関係を思い浮かべてみてください。顔写真はたった一人を鮮明に写しますが、その外側には何も写りません。地形図は個人の顔を写さない代わりに、土地全体の高低や広がりを一枚で見渡せます。

顧客理解に必要なのは、一人を写す顔写真ではなく、悩みの高低と広がりを写した地形図のほうです。これが「悩みの地図」という言葉に込めた意味になります。

地図があれば、全員に届く言葉を選べる

悩みの地図を持つと、書く前の判断が変わります。地図の上には、浅く広く分布する悩みもあれば、狭くても深く刻まれた悩みもあります。どの悩みに正面から答えるかを、分布を見ながら選べるようになる。

これが地図の最大の効用です。人物像から出発すると「この人なら何に悩むだろうか」という想像になりますが、地図から出発すれば「実際に存在する悩みのどれに答えるか」という選択になります。

具体的な場面で考えてみます。あなたの前に、二つの悩みがあるとします。一つは多くの人が軽く抱える悩み、もう一つは少数ながら夜も眠れないほど深く抱える悩みです。

人物像から出発すると、設定した一人がどちらを抱えているかで、答える相手が自動的に決まってしまいます。地図から出発すれば、両方の分布を見比べて「今回はどちらに答えるか」を自分で選べます。この選択の自由こそ、地図を持つ人だけが手にする実務上の利点です。

そして、悩みに向けて書かれた言葉は、その悩みを持つすべての読み手に届きます。なぜなら、読み手が文章を「自分のことだ」と感じる瞬間は、自分の属性が描かれたときではなく、自分の悩みが言い当てられたときだからです。年齢や職業の描写が外れていても、悩みの描写が当たっていれば、読み手は先を読み進めます。

逆もまた然りです。

読み手は基本的に、文章を熱心には読んでくれません。流し読みされ、疑われ、後回しにされるのが初期状態だという前提は、文章術の世界で広く共有されています。その初期状態を突破できるのは、悩みの中心を正確に言い当てた言葉だけです。

地図を持つことは、その一言を外さないための準備だと言えます。

悩みの中心を言い当てる一言は、書き手の語彙から生まれるものではありません。読み手が実際に使っている言葉の観察から生まれます。つまり、地図を描く作業は、そのまま「読み手の言葉を集める」作業でもあるということです。

作り込んだ人物像が外れるとき

ここで、人物像から出発した場合に何が起きやすいかも、公平に見ておきます。たとえば「35歳・会社員・学習意欲が高い」という人物像を設計して講座の募集を行ったところ、実際に申し込んだのは40代の自営業者や50代の経営者が中心だった——。

細部は違えど、この種の「設定と現実のずれ」は、実務では珍しくありません。

なぜ外れるのでしょうか。理由は人物像の成り立ちにあります。想像で組み立てられた人物像は、多くの場合「来てほしい顧客」の理想や、頭の中の平均像の合成です。

ところが、実際に申し込みという行動を起こすのは、平均的な誰かではなく、悩みが深い誰かです。そして悩みの深さは、年齢や職業といった属性とは、必ずしも相関しません。設定が精巧かどうかとは無関係に、出発点が想像である限り、ずれは構造的に起こり得ます。

もう一つ、よく見かける場面があります。人物像に合わせて言葉づかいや事例を丁寧に選んだのに、公開してみると、想定と違う層から問い合わせが来る。書き手は慌てて「この人たち向けに書き直すべきか」と悩みます。

しかし、問い合わせてきた人たちの悩みをよく聞くと、記事が答えていた悩みとぴたりと重なっていることが多いのです。ずれていたのは属性だけで、悩みは最初から当たっていた。書き直す必要などなかった、という結末になります。

念のため補足すると、人物像の設計という手法自体が無効だという話ではありません。実在の顧客データや調査を土台にすれば精度は上がりますし、チームで顧客イメージをそろえる場面では共通言語として機能します。外れやすいのは、データの裏付けなく想像だけで組み立てた場合です。

手法の問題というより、土台の問題だと捉えるほうが正確でしょう。

人物像が外れたとき、悩みはそのまま残っているという点にも注目してみてください。先ほどの例でも、申込者の属性は設定と違いましたが、「集客を学び直したい」という悩みは全員に共通していました。属性の予測は外れても、悩みの観察は外れていなかったわけです。

どちらを宛先の軸に置くべきかを、この事実が示しています。

悩みの地図を描く手順——集めた言葉を「状況」で束ね直す

では、悩みの地図は実際にどう描けばよいのでしょうか。私が実務で踏んでいる順序は、3つの段階に分けられます。特別な道具も、決まった様式も要りません。

先に要点だけ申し上げます。地図の精度を決めるのは集めた量ではなく、集めた言葉をどう束ね直すかのほうです。

手順1:読み手の言葉を、要約せずに書き写す

最初にやることは、読み手が実際に使っている言葉を、そのままの形で書き写す作業です。検索窓に打ち込まれる言葉は、悩みが読み手自身の手で言語化された悩みの一次情報にあたります。

見にいく場所は、大きく3か所です。検索窓に語句を入れたときに出る予測候補と関連語、あなたの発信に届いた質問やコメント、そして相談や問い合わせの文面。いずれも書き手の想像を経ていない、生の言葉が並ぶ場所です。

ここでの唯一の作法は、要約せずに書き写すことです。「集客の悩み」とまとめた瞬間に、読み手が選んだ語彙も語順も消えてしまいます。地図の解像度は、この一手でほぼ決まってしまうのです。

注意点も一つ添えておきます。検索回数の多さだけで、悩みの重さを判断しないことです。

声の大きい悩みと深い悩みは、必ずしも一致しません。人に相談しにくい悩みほど、検索窓にだけ本音が打ち込まれる傾向もあるからです。

手順2:同じ言葉を「状況」で分ける

次が、地図づくりの中心にあたる作業です。書き写した言葉を並べ、同じ表現を使っている人たちを、置かれた状況ごとに分けていきます。

同じ「集客できない」という言葉の裏には、少なくとも3つの状況が混ざっています。まだ誰にも知られていない開業直後の人と、発信を続けているのに反応が返ってこない人。そして、一度は売れたのに、続かなくなった人です。

この3者に必要な答えは、それぞれ別物になります。だからこそ、言葉の一致だけで束ねず、状況の違いまで見にいく必要があるのです。

分ける基準は、書き手が思いつく属性ではなく、読み手の言葉に現れる時間軸と経験です。「始めたばかり」「ずっと続けているのに」「前は売れていたのに」といった言い回しが、その手がかりになります。

言い換えれば、状況は読み手自身が、すでに自分の言葉で語ってくれています。書き手の仕事はそれを新たに作ることではなく、拾って同じ束にまとめ直すことです。

ここで一つ、境界線を引いておきます。状況を細かく見ることと、人物像を細かく作り込むことは、似ているようで違うものです。

状況は読み手の言葉や行動から観察して確かめられますが、人物像の細部は多くの場合、書き手が想像で埋めていく点が異なります。同じ「細かく見る」でも、観察か想像かで、宛先の確かさは正反対になるのです。

手順3:分けた束を「願望」で読み、答える順番を決める

束ができたら、一つずつ「この人たちは本当はどうなりたいのか」を読み取ります。悩みの裏側には、必ず「本当はこうなりたい」という願望が貼りついているからです。

たとえば「集客できない」という悩みの奥には、「安定して人が集まる状態をつくり、売り込まなくても選ばれたい」という願望が隠れています。悩みだけに答えると対症療法で終わりますが、願望まで見据えると、読み手が本当に進みたい方向へ言葉を差し出せます。

答えるべきは悩みの解消だけでなく、その先にある願望への道筋だからです。

そのうえで、束に順番をつけます。判断材料は2つ、その悩みを抱える人の広がりと、悩みの深さです。

浅く広い束から答えれば多くの人に届き、狭く深い束から答えれば少数の読み手に強く刺さります。どちらが正解というものではなく、発信の段階と目的によって選び分けるものです。

順番が決まった時点で、最初の一枚は描き上がっています。

悩みの地図とは、突き詰めれば「誰に売るかのリスト」ではなく、「どの悩みに、どの順番で答えるかの優先順位表」です。書き写す・状況で分ける・願望で読む。この順で市場を眺め続けるだけでも、発信の宛先は人物像を設計していた頃より、はるかに実在に近づいていきます。

最後に、見落とされがちな点を一つ添えます。悩みの地図は、一度描いて完成する固定物ではありません。市場の悩みは時期や環境で移り変わるため、地図もまた更新し続ける前提のものです。

だからこそ、地図づくりは「正解を一枚描く作業」ではなく、「読み手の言葉に耳を澄まし続ける習慣」に近いものになります。この点こそ、人物像を一度設定して終わりにする発想との、最も大きな違いなのです。

総括:読み手像を「作る」のではなく、悩みを「見つける」

本稿の内容を整理します。宛先そのものは発信に不可欠ですが、それを一人の人物像という形で「作る」と、出発点が想像になるため、実在の読み手とのずれが構造的に生まれます。一方、市場に分布する悩みを「見つける」ことから出発すれば、宛先は観察に根ざしたものになります。

悩みの地図とは、その観察を一枚で見渡すための捉え方でした。

教育の工程を担う本稿でここまで踏み込んでお伝えしたのは、顧客理解が発信のすべての工程の土台になるからです。書く題材の選定も、言葉選びも、オファーの設計も、宛先の精度が低いままでは積み上がりません。逆に言えば、宛先の持ち方を切り替えるだけで、同じ労力から生まれる成果は大きく変わります。

作る発想と見つける発想の違いは、一文字の違いに見えて、発信の成果を左右する分岐点です。観察も読み違えることはありますが、読み手の言葉に基づく限り、読み違えたことに気づける点が想像との違いです。

想像から組み立てた宛先は、外れても外れたと分かりません。読み手の言葉から組み立てた宛先なら、届かなかったときに立ち返る材料が手元に残ります。

明日からできる一歩を、具体的に一つだけ挙げておきます。あなたの読み手が悩みを語るとき打ち込みそうな言葉を、3つだけ書き出してみてください。要約せずに書き写し、検索窓の予測候補と関連語まで眺めるところまでが、最初の一歩です。

たった3語でも、書き出した瞬間から、あなたの宛先は「頭の中の一人」から「実在する言葉」へと移り始めます。悩みの地図は、そこから少しずつ描かれていきます。

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