ターゲットの決め方を調べると、多くの情報が「一人に絞り込むこと」を勧めています。ところが、その通りに進めたのに反応が落ちたという相談は少なくありません。この助言には成り立つ場面と成り立たない条件があり、本稿ではその分岐点を見ていきます。
「一人に絞り込め」という助言は、どこから来ているのか
絞り込みが効くという原理そのものは正しい
まず、この助言がどこから来ているのかを確かめておきます。結論を先に言えば、原理として間違っているわけではありません。むしろ、広告の実務で長く確かめられてきた考え方です。
全員に向けた言葉は誰の心にも刺さらない。この指摘は、広告の世界で長く共有されてきたものです。宛先が曖昧なままでは、書く言葉も曖昧になります。
宛先を狭めるほど言葉が具体になる、という関係そのものは成り立ちます。だから「一人に絞れ」という助言が広まりました。
具体化の手段として、年齢・居住地・年収・生活時間といった項目を埋めていく手順も広まりました。埋めるべき欄があるぶん、取りかかりやすい方法でもあります。
この手順が広まったのには理由があります。宛先を決めるという抽象的な作業を、欄を埋めるという作業に置き換えられるためです。
作業に置き換わると、進んでいる実感が得られます。ただし、進んだ実感と、宛先が正確になったこととは別のことです。
それでも、絞り込んだ後に反応が落ちる人がいる
ところが、実務ではこの手順で行き詰まる人がいます。
個人事業主や講座の運営者の方から届く相談には、二つのパターンがあります。一つは、そもそも誰に向けて書けばよいか決まらないというもの。もう一つは、教わったとおり細かく定めて発信したのに、以前より反応が落ちたというものです。
厄介なのは後者です。助言を守らなかったから失敗したのではなく、守った結果として反応が落ちています。
この状態に置かれると、多くの方は「絞り込みがまだ足りない」と考えます。そしてさらに項目を増やし、さらに反応が落ちていきます。
努力の方向が足りないわけではありません。同じ助言が、ある人には効き、ある人には逆に働いています。ここには条件があります。
同じ助言が逆に働くとき、疑うべきは助言そのものではなく、自分がその適用範囲の中にいるかどうかでしょう。次の章で、その範囲を先に確かめます。
実際に、詳細な人物像づくりが働く場面はある
判断する人が複数いるとき、共通の宛先になる
先に、この手法が確かに働く場面を挙げておきます。ここを飛ばすと、話が単なる否定になってしまいます。
多人数のチームで商品開発やサイト改善を進める場面では、詳細な人物像が有効に働きます。
関わる人が増えるほど、頭の中にある顧客像はばらつくものです。一枚の人物像があれば、議論が「その人ならどうか」に収束します。
ここでの人物像は、正しさを競うものではありません。判断を揃えるための共通の物差しとして働いています。
実際、この場面では人物像が多少ずれていても支障は出にくいものです。全員が同じ一枚を見ていること自体に価値があるためです。
実在のデータが土台にあれば、拠り所として機能する
もう一つ、働く場面があります。実在の顧客データや調査結果を土台に組み立てられている場合です。
すでに数百人の購入者がいて、その属性や購入前の行動が記録されている。そこから代表的な一人を描き出したのなら、その人物像は市場の要約になっています。
数百人でなくても構いません。問い合わせの文面が三十件あるだけでも、そこに現れる言葉は自分の想像より当てになります。
この場合、人物像は想像ではありません。観察の結果を一人分に圧縮した形であり、判断の拠り所として十分に機能します。
この二つに共通しているのは、人物像が「自分の外」から来ていることでしょう。チームの合意か、記録された事実か。どちらも、一人の頭の中で完結していません。
ここまでが、この助言が正しく働く範囲です。
それでも働かなくなる条件がある
条件は「土台に事実があるか」の一点
働く場面と働かない場面を分けているのは、突き詰めると一点です。土台に事実があるかどうかになります。
個人や小さなチームが、手元に十分な顧客データを持たないまま人物像を作ると、土台は自分の想像だけになります。
このとき、埋めた項目はすべて仮定です。仮定を積み上げた人物像は、確かめる手立てがありません。参照するたびに、自分の想像を参照していることになります。
厄介なのは、この状態でも判断は下せてしまうことでしょう。「この人ならどう思うか」と問えば、答えは必ず返ってきます。自分で作った人物なので、当然です。
実際、年齢から休日の過ごし方まで丁寧に書き込んだ設定シートを作りながら、数か月後には一度も開かなくなっていた、という話をよく聞きます。道具は、機能しなければ自然と手に取られなくなります。
「忙しくて開く暇が無かっただけでは」と思われるかもしれません。ただ、日々の判断で本当に使っている道具は、忙しいときほど開かれます。
開かれないのは、開いても判断が変わらないと分かっているためです。開かなくなったこと自体が、機能していないという結果を語っています。
作り込むほど、実在の読み手から離れていく
この条件下では、作り込みの熱心さが逆に働きます。
三十五歳、都内在住の会社員、世帯年収七百万円、平日の夜にスマートフォンで情報を集める。ここまで設定すると、宛先が定まった手応えが生まれます。
ところが、その人物は市場のどこにも存在しません。手応えの強さと、宛先の正確さは別のものです。
モンタージュ写真を思い浮かべると、この構造が分かりやすくなります。特徴を合成して作った顔は、精巧になるほど、かえって実在の誰にも似ない顔になっていきます。
設定項目を増やすことと、読み手を理解することは、同じ作業ではありません。
むしろ、二つは逆を向くことがあります。項目を増やす作業は自分の頭の中で完結し、理解する作業は外を見にいく必要があるためです。
なぜ条件で結果が反転するのか
合成した人物像が、市場の誰とも一致しなくなる仕組み
ここまでを、仕組みの側から説明しておきます。
土台に事実がある人物像は、実在の分布から代表点を取り出したものです。だから、その周辺には実在の人が集まっています。
土台が想像の人物像は、そうなりません。属性を一つ足すたびに、その条件を満たす人の数は掛け算で減っていきます。
条件を五つも重ねれば、その全部に当てはまる人は市場のごく一部に絞られます。試しに、自分の設定シートの条件を一つずつ外して、当てはまる人が何倍に増えるかを想像してみてください。精度を上げたつもりが、実在しない一点に向けて書く状態になっていたことが見えてきます。
土台に事実がある場合、この減り方は起きません。組み合わせを想像で足していくのではなく、実在の記録から一人を選び出しているためです。
属性で絞った言葉は、属性の外に届かない
もう一つ、言葉の側でも反転が起きています。
平日の夜にスマートフォンで読む会社員を想定して書くと、文章にはその生活場面の描写が入ります。書き手からすれば、具体になった実感があります。
しかし、朝の時間に読む自営業者や、子育ての合間に読む方にとって、その描写は「自分のことではない」という合図になります。
属性で絞った言葉は、属性の外へ出ていきません。反応が落ちたのは絞り込みが足りなかったからではなく、絞り込む先を属性に置いたからです。
一方、悩みで絞った言葉は違う動きをします。同じ悩みを持つ人は、年齢も職業も住む場所もばらばらだからです。悩みを軸にすると、絞り込みながら届く範囲は広がります。
「毎週更新しているのに問い合わせが来ない」という一文を思い浮かべてください。この状態にある人は、会社員にも自営業者にも、二十代にも五十代にもいます。
属性を一つも書いていないのに、当てはまる人には正確に届く。これが、絞り込む先を悩みに置いたときの動き方です。
自分がどちらの側にいるかを見分ける
二つの問いで判定する
自分がどちらの側にいるかは、二つの問いで判定できます。
一つ目は、人物像の土台に実在の記録があるかです。購入者の属性、問い合わせの文面、アンケートの回答。何か一つでも手元にあるかを見ます。
二つ目は、その人物像を直近一か月で一度でも開いたかです。開いていないなら、判断に使われていません。
両方に「はい」と答えられるなら、いまの手法を続けて問題ありません。どちらかが「いいえ」なら、土台が無い側にいます。
判定に時間はかかりません。記録があるかどうかも、開いたかどうかも、その場で答えが出るためです。
土台が無い側なら、宛先を悩みの分布に置き換える
土台が無い側にいる場合、宛先を市場に実在する悩みへ移します。作業は三つで、いずれも頭の中を探るものではありません。
一つ目は、直近に書いた記事や投稿を三本開き、冒頭の二文だけを読み返すことです。そこに書かれているのが属性なのか悩みなのかを見ます。
三本読むと、自分の癖が出ます。毎回同じ属性から入っているなら、宛先はまだ人物像の側にあります。
二つ目は、自分の主題の語を検索窓に打ち込み、出てきた予測候補と関連する語をそのまま書き出すことです。自分の言い回しに直さないでください。直した瞬間、それは観察ではなく解釈になります。
三つ目は、書き出した言葉を「やり方を知りたい」「原因を知りたい」「決めかねている」の三層に仕分けることです。
仕分けは難しい分類作業ではありません。集めた語尾を見れば、たいていはどれかに落ちます。「やり方」「手順」なら一層目、「なぜ」「原因」なら二層目、「どっち」「おすすめ」なら三層目です。
仕分けると、同じテーマの中でも読み手の位置が違うことが見えてきます。さらにその下には、口に出されにくい感情が沈んでいます。うまくいかないことへの焦りや、続かないことへの後ろめたさです。
言葉として現れた悩みに答えるだけでなく、その下にある不安まで見たうえで書くと、読み手は自分のことだと受け取ります。
三層に分けた後の使い方も一つ決めておきます。次の一本は、いちばん語が多く集まった層に宛てて書きます。層ごとに書き出しの一文が変わるので、宛先の迷いがそこで消えます。
三つの作業に共通しているのは、いずれも頭の中を探っていないことです。書いたもの、打ち込まれた言葉、集めた語。すべて手元の外にあります。
それでも、この置き換えを見送ってよい場面
最後に、悩みの分布を調べる作業を見送ってよい場面も挙げておきます。
既存の顧客が十分にいて、直接話を聞ける状態にあるなら、検索の言葉を集める必要はありません。目の前の相手に尋ねるほうが早く、精度も高くなります。
もう一つは、扱う主題がごく限られた相手にしか関係しない場合です。特定の資格保持者や、特定の設備を持つ事業者だけが対象なら、属性で絞ることが正しく働きます。
この場合、属性そのものが悩みと重なっています。資格を持っている人だけが抱える困りごとなら、資格で絞ることが悩みで絞ることと同じになるためです。
この二つに当たるなら、本稿の置き換えは要りません。それ以外の多くの場面では、宛先を悩みに移すほうが合理的です。
総括:宛先は、想像ではなく観察の上に置く
本稿では、「一人に絞り込め」という助言を条件で分けました。
この助言は、判断する人が複数いる場面と、実在のデータが土台にある場面では正しく働きます。人物像が共通の物差しになり、観察の要約として機能するためです。
働かなくなる条件は一点でした。土台に事実が無いことです。想像だけで組み立てた人物像は、属性を重ねるほど実在の誰とも一致しなくなります。
言葉の側でも同じことが起きます。属性で絞った言葉は属性の外に届かず、悩みで絞った言葉は属性をまたいで届きます。
自分の側は二つの問いで判定できます。人物像の土台に実在の記録があるか、直近一か月でそれを開いたか。
土台が無いなら、作業は三つです。直近三本の冒頭二文を読み返し、検索の予測候補をそのまま書き出し、三層に仕分ける。ここまで進めば、宛先は想像ではなく観察の上に立ちます。
絞り込むという言葉の意味も、そこで変わります。人を狭めるのではなく、扱う悩みを一つに決めるということです。
今日できるのは、直近に書いた三本の冒頭二文を読み返すことだけで足ります。そこに属性しか書かれていなければ、次の一本から書き出しを悩みに変えてみてください。
次に読みたい記事——ペルソナは作らない。「悩みの地図」で顧客を捉える
本稿では、人物像づくりが働く条件と働かない条件を分け、宛先を悩みへ移す作業までを扱いました。
その悩みを一枚の図として捉え直す方法を、次の記事でまとめています。読み手を分布として見る具体的な描き方です。
