ページの反応が鈍いとき、多くの場合は何かを足す方向に手が動きます。説明を厚くし、実績を並べ、質問への回答を追加する。
ところが、足したはずのページの数字は上がらず、ときには公開直後より下がっていることがあります。本稿では、なぜ足すほど反応が落ちるのかという構造と、何を残して何を外すかの判断基準を整理します。
前提となるページの役割分担については、記事「セールスページとLPの違い。ページの役割で分ける」で扱いました。本稿はその先、1枚のページの中身に絞ります。
要素を足すほど、反応が落ちていく
公開時より長くなったページで起きること
運用を続けているページを、公開当初の状態と見比べてみてください。多くの場合、いまのほうが確実に長くなっているはずです。
問い合わせが来るたびに説明を足し、他社のページを見るたびに要素を追加する。一つひとつの判断はどれも妥当で、間違ったことは何もしていません。
それでも、積み重なった結果として、最初に読者が受け取る印象は変わってしまいます。個々の判断が正しくても、積み上がった状態が正しいとは限らないのです。
この現象は、部屋の物が増えていく過程に似ています。買ってきたもの一つひとつには用途があり、捨てる理由もありません。
それでも一年後に部屋を見渡せば、必要なものを探すのに時間がかかるようになっています。増やしたのは物であって、探しにくさは誰も足していないのです。
足した本人には、悪化の原因が見えない
厄介なのは、この変化が書き手の目には映らないことです。書いた本人は全体の構造を把握しているため、どの部分がどこにつながるかを迷わず追えます。
初めて開いた読者には、その地図がありません。同じ画面を見ていても、片方は目次を持っていて、もう片方は持っていない状態だと言えます。
そのうえ、要素を足した時期と数字が動いた時期はずれます。先月足した説明の影響が今月の数字に出ても、二つを結びつけて考える理由がないからです。
足した本人にとって、悪化は原因不明の停滞として現れます。そして原因が分からなければ、次に打てる手はまた「足す」になります。
情報が増えるのは、判断を先送りしているから
消す判断には理由が要り、足す判断には要らない
なぜページは一方向にしか変化しないのでしょうか。理由は、二つの判断にかかる負荷が対称でないことにあります。
何かを足すとき、必要なのは「あったほうがよさそうだ」という程度の見込みです。誰も反対せず、失うものもないように見えます。
一方、何かを消すときには「なくても大丈夫だ」という判断が要ります。この判断には責任が伴い、もし数字が落ちれば消したことが疑われます。
足す判断には理由が要らず、消す判断には理由が要る。この非対称がある限り、ページは放っておけば必ず長くなります。
関係者それぞれの善意が積み上がる
複数人で運用している場合、この傾向はさらに強まります。営業の担当者は事例を足したいと考え、開発の担当者は仕様を正確に書きたいと考えるからです。
どの要望にも根拠があり、誰も間違っていません。ただ、それぞれが自分の担当範囲から見て「あったほうがよい」と判断しているだけです。
結果として、ページには全員分の「あったほうがよい」が並びます。読者一人に対して、複数の関心が同時に差し出されている状態になるのです。
この積み上がりは、誰かが悪意で起こしたものではありません。だからこそ、その場の相談では止まらず、判断の基準を先に決めておく必要があります。
基準がないまま議論をすると、話は「入れるか入れないか」の綱引きになります。入れたい人には理由があり、入れたくない人には確かな根拠がないため、たいてい入れるほうが通ります。
一方、そのページの目的が一つに決まっていれば、議論の形が変わります。問いが「この要素は、その目的を後押しするか」に置き換わり、感情ではなく照合の作業になるからです。
読者の側では、目的が増えると足が止まる
分かれ道が二つある道の手前で
では、要素が増えたページを読者はどう受け取っているのでしょうか。ここで起きているのは、情報が多くて疲れるという話だけではありません。
一本道を歩いているとき、人は考えずに進めます。ところが分かれ道が現れると、まず立ち止まり、どちらへ行くかを判断する必要が生じます。
ページの上に登録の案内と購入の案内と問い合わせの案内が並んでいれば、読者は同じことをします。進む前に、どれを選ぶかという作業が挟まるのです。
この作業には、こちらが想像するより負荷がかかります。選ぶためには、それぞれが何であり、自分にとってどう違うのかを理解しなければならないからです。
迷いは離脱ではなく「あとで」に変わる
迷った読者は、その場で去るとは限りません。多くの場合に選ばれるのは、判断を先送りするという第三の道です。
「あとでゆっくり読もう」と思って画面を閉じる。本人にとっては前向きな判断で、拒否したつもりもありません。
ただ、その「あとで」はほとんど訪れません。迷いは拒否として現れず、静かな先送りとして現れるため、こちらの数字には理由のない離脱としてしか残らないのです。
なぜなら、その読者は反論も質問もしていないからです。何が引っかかったのかを教えてくれる材料は、こちらの手元に何も届きません。
だとすれば、後から原因を突き止めるより、迷いが起きる構造を先に減らすほうが確実でしょう。目的の数を減らすというのは、そのための最も単純な手です。
ここで一つ、確かめておきたい区別があります。読者が迷っているのは、商品を買うかどうかについてではないという点です。
迷っているのは、このページで自分が何をすればよいのかという手前の部分になります。商品の検討にすら入れていない段階で足が止まっている、というのが実態に近いでしょう。
だからこそ、この停滞は商品の説明を厚くしても解けません。直すべきなのは説明の中身ではなく、そのページが何をする場所なのかが一目で分かるかどうかです。
それでも削れない、二つの事情
捨てると機会を逃すのではという不安
とはいえ、実際に削ろうとすると手が止まります。最初に浮かぶのは、その情報を必要としていた読者を取りこぼすのではないかという不安です。
この不安は、まったく根拠のないものではありません。実際、その説明を読んで申し込んだ人が過去にいた可能性はあります。
ただし、この不安には見落としがあります。載せてあれば読まれるという前提が、そもそも成り立っていないという点です。
判断の段階に合っていない情報は、載っていても読み飛ばされます。そして読み飛ばされる情報が増えるほど、読んでほしい情報も一緒に飛ばされていくのです。
かつて効いた要素ほど、手放せない
もう一つの事情は、過去の成功体験にあります。以前に追加して数字が動いた要素は、その後も長く残り続けます。
ここで考えたいのは、その要素が効いたときのページと、いまのページが同じではないということです。当時は他の要素が少なく、その説明が目立つ位置にありました。
同じ要素でも、周囲に十の説明が並んだ状態では、埋もれて見えなくなります。効いていたのは要素そのものではなく、その要素が目立っていた状態のほうかもしれません。
過去に効いたという記憶は、いま効いているという証拠にはなりません。この区別ができると、削る判断はずいぶん軽くなります。
もっとも、削った結果が悪ければ戻せばよい、という気楽さも忘れないでおきたいところです。ページの要素は、一度消したら二度と作れないものではありません。
実際、削る作業がここまで重く感じられるのは、判断そのものが難しいからではないでしょう。消した後に何かが起きたとき、その責任の所在がはっきりしてしまうからです。
「情報が少ないと不親切では」という疑問
不足と過多は、同じ結果に着地する
ここまで読んで、情報を減らすことは不親切ではないか、と感じた方もいるはずです。この感覚には、確かな根拠があります。
ただ、情報が足りない状態と多すぎる状態は、読者にとって同じ結果を生みます。どちらも「いまは決められない」という結論に着地するからです。
不足の場合は材料が揃わず、過多の場合は材料が多すぎて比較が終わりません。行き着く先が同じである以上、多いほうが安全だとは言えないのです。
読者にとっての親切さは情報量ではなく、いまの判断に使う材料だけが並んでいる状態のことです。
読者ごとの違いに応えるのは、順番の側
もう一つの疑問は、読者によって知りたいことが違うのだから、幅広く載せるべきではないか、というものでしょう。これも実務では避けて通れない論点です。
違いがあること自体は、そのとおりです。ただ、その違いに応える場所は1枚のページの中とは限りません。
段階を分けて渡していけば、読者は自分の進み具合に応じた情報を順に受け取れます。違いに対応する仕事を担うのは、ページの面積ではなく順番のほうです。
この見方に立つと、削った情報の行き先も決まります。捨てるのではなく、それを必要とする段階まで持っていくということになります。
順番で応えるやり方には、もう一つの利点があります。読者が自分でどの段階にいるかを申告しなくてよい、という点です。
1枚に全部を並べる形は、読者に「自分に関係のある部分を選び出す」作業を任せています。段階を分ければ、その作業はこちらが引き受けることになるのです。
絞ることと、手を抜くことは違う
誤解のないように添えておくと、目的を絞ることは説明を雑にしてよいという話ではありません。むしろ逆で、残した一つの目的については、これまで以上に丁寧に書く必要があります。
削って空いた面積は、別の要素で埋めるためのものではないからです。空いた分は、残した目的の説明を厚くするか、そのまま余白として残すかのどちらかになります。
この判断を通したページは、短くなるとは限りません。目的が一つに定まった結果として、必要な説明が増えることもあります。
ページの要素を、残す・移す・捨てるに仕分ける
上から書き出して、必要かでマルバツを付ける
最後に、仕分けの手順を置いておきます。要素を書き並べられる場所が一つあれば、20分あれば片づきます。
まず、対象のページを上から順に見て、載っている要素を箇条書きで書き出します。見出し、説明文、事例、価格表、質問への回答、リンク。区切りが分かる単位で構いません。
次に、そのページで達成したい目的を一つだけ決めます。ここが決まっていないと、仕分けの基準が立ちません。
そのうえで、書き出した要素それぞれに、その目的に必要かどうかでマルかバツを付けていきます。迷ったものにはバツを付けてください。
バツの塊が、そのページの二つ目の目的
付け終わったら、バツの並びを眺めます。ここで見るのは個々の要素ではなく、バツがどこに固まっているかです。
バツが散らばっているなら、それは単なる贅肉で、そのまま削れます。一方、バツが一箇所に固まっているなら、その塊はこのページが抱えている二つ目の目的です。
塊になっている要素は、捨てるのではなく移します。別のページを立て、そこでその目的だけを担わせるという形にするわけです。
この仕分けを一度通すと、ページの中で何が起きていたのかが目に見えるようになります。長くなっていたのではなく、二つの仕事が同居していただけだったと分かる場合も少なくありません。
なお、この作業を一人で完結させる必要もありません。書いた本人には全体の地図が入っているため、どうしても「これは要る」と判断しがちだからです。
可能であれば、そのページを初めて見る人に同じ仕分けを頼んでみてください。地図を持たない人が付けたバツのほうが、読者の見え方に近いはずです。
頼める相手がいない場合は、書き出した箇条書きだけを見て判断する方法もあります。実物のページから離れると、思い入れの分だけ判断が甘くなるのを避けられます。
総括:減らすのは情報量ではなく、目的の数
本稿では、ページに要素が増え続ける構造と、その結果として読者の足が止まる理由を整理しました。増えるのは、足す判断に理由が要らず、消す判断にだけ理由が要るという非対称があるためです。
読者の側では、目的が増えるほど選ぶ作業が挟まります。そして迷いは拒否ではなく先送りとして現れるため、こちらには理由の分からない離脱としか残りません。
減らすべきなのは情報の量ではなく、そのページが同時に抱えている目的の数です。
削れないと感じるとき、その手前にあるのは機会を逃す不安と、過去に効いた記憶でしょう。どちらも、載っていれば読まれるという前提を置いています。
明日その場でできることは、ページの要素を上から書き出し、目的を一つ決めて、マルとバツを付けることです。所要時間はおよそ20分になります。
バツが固まっている箇所が見つかったら、そこを別のページへ移す候補として印を付けてください。散らばっているバツは、そのまま削って構いません。
一度仕分けを通したページは、次に何かを足したくなったときの判断も速くなります。目的が一つ決まっていれば、足すかどうかもその目的に照らして答えが出るからです。
目的を決めておく本当の効き目は、いま削れることではなく、この先も増え続けなくなることのほうにあります。
削る作業は一度で終わりますが、足したくなる機会はこれからも繰り返し訪れます。そのたびに照らせる基準が手元にあるかどうかで、一年後のページの姿は変わってくるはずです。
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