「3C分析」という言葉は知っていても、いざ自分の事業で使おうとすると、顧客・競合・自社という三つの枠の前で手が止まってしまう。そんな声を、個人で事業を営む方からよく耳にします。
原因の多くは、3Cを大企業と同じ市場調査の手順で埋めようとしているところにあります。個人事業に、その重い進め方は必要ありません。
本稿では3Cを、分析のための儀式ではなく、自分が選ばれる理由を一文にする道具として捉え直します。個人事業ならではの順番と使い方を、順を追って整理していきます。
3C分析が個人事業で手が止まる理由
3C分析は、経営戦略を学ぶと必ず出てくる基本のフレームです。顧客・競合・自社の三つを並べて考えるだけの、一見するとやさしい枠組みに見えます。だからこそ、誰もが気軽に手を伸ばします。
ところが、実際に自分の事業へ当てはめようとすると、多くの方が最初の枠で止まります。顧客の欄に何を書けばいいのか、鉛筆が動かないのです。次の競合の欄は、さらに白いままになります。
なぜ止まるのでしょうか。理由は、埋め方の手本が大企業向けにできているからです。市場規模や競合のシェアといった、個人事業では手に入らない情報が、はじめから前提になっています。
枠の形は同じでも、それを埋めるための材料が、大企業と個人事業ではまるで違います。手本どおりに調べようとするほど、必要なデータが揃わず、かえって手が止まっていきます。
たとえば、フレームワーク集を開いて三つの空欄を眺め、「競合のシェア」の行で鉛筆が止まり、そのままページを閉じる。3Cにつまずく場面は、たいていここから始まります。
このとき多くの方は、「調査が足りないせいだ」と考え、さらに情報を集めようとします。しかし集める先の統計そのものが大企業を想定して作られているため、調べるほど自分の事業から遠ざかっていくのです。
ここで自分を「分析が苦手だ」と責める必要はありません。手が止まる本当の原因は、あなたの分析力ではなく、大企業向けの埋め方をそのまま持ち込んでいることにあります。
埋め方さえ入れ替えれば、同じ三つの枠は驚くほど素直に動き出します。まずは次に、そもそも3Cが何のための道具なのかを、目的から問い直していきます。
3Cは分析の儀式ではなく「選ばれる理由」を作る道具
ここで一度、3C分析の目的そのものを問い直してみます。多くの方は、三つの枠をきれいに埋めること自体を、いつの間にか目的にしてしまいます。埋まると、分析できた気持ちになれるからです。
しかし、枠を埋めることはゴールではありません。3Cの本当の役割は、「なぜお客様が、ほかでもなく自分を選ぶのか」を一文で言えるようにすることにあります。
なぜそう言えるのでしょうか。顧客・競合・自社という三つは、それぞれ単独では意味を持たないからです。三つが重なったところに初めて、選ばれる理由という答えが立ち上がります。
顧客が求めていて、競合が満たせておらず、自分が提供できる。この三つが同時に成り立つ一点こそ、事業のセンターピンです。3Cは、その一点を探し当てるための道具にほかなりません。
身近な例で考えてみます。同じ税理士でも、「創業まもない一人社長の不安に寄り添う」人と「相続に強い」人とでは、選ばれる客がまったく変わってきます。両者は、別の重なりを押さえているのです。
逆に言えば、どれか一つでも欠けると選ばれる理由は立ちません。顧客が求めていなければ独りよがりになり、競合も満たしていれば埋もれ、自分が提供できなければ絵に描いた餅で終わります。
大企業がこれを大掛かりな調査で行うのは、狙う相手が広く、わずかな判断のずれが大きな損失になるからです。一方で個人事業は、たった一つの重なりを見つけられれば、それで足ります。
だからこそ、調査の精緻さで大企業と張り合う必要はありません。むしろ張り合うほど消耗し、肝心の一点から目が離れていきます。個人が競うべきは、調べた量ではなく、重なりの鋭さです。
3C分析の目的は、三つの枠を埋めることではなく、選ばれる理由をひとつの文にすることです。この目的を見失うと、分析は埋めて終わりの作業に変わってしまいます。
大企業と個人事業では、3Cの順番と使い方が変わる
目的が「選ばれる理由の一文」だと分かると、進め方も大企業とは変わってきます。まず変わるのが、顧客・競合・自社の三つを見ていく順番です。
大企業の教科書では、市場全体を見る顧客分析から入り、競合、自社へと進みます。広い市場の最大公約数を狙うには、その大きな順番のほうが理にかなっているからです。
しかし個人事業が狙うのは、最大公約数ではありません。むしろ、大企業が拾いきれない特定の悩みを抱えた、狭く濃い相手です。そもそも、狙う場所が違うのです。
たとえば、大企業のレストランが万人向けの定食を出すとすれば、個人店はある一人の「これが食べたい」に深く応える一皿で選ばれます。3Cの使い方も、これと同じ発想になります。
この違いは、優劣ではありません。資源の量が違えば、勝てる戦い方も変わる、というだけの話です。個人には個人の、有利に戦える土俵があります。
誤解を避けるために添えておくと、個人事業でも市場は見ます。見ないのではなく、見る角度が違うのです。全体の大きさではなく、特定の悩みがそこに確かにあるかを確かめる目で見ます。
だからこそ個人事業では、市場全体ではなく、目の前の一人の悩みから3Cを始めます。ここでの一人とは、細部まで作り込んだ架空の人物像のことではありません。
年齢や家族構成を想像で埋めた人物像は、確かめようがないため、いくらでも都合よく描けてしまいます。それでは、現実の需要ではなく自分の願望のほうを分析することになりかねません。
検索窓に打ち込まれる言葉や、実際に相談された悩みといった、確かめられる手がかりから対象を捉えます。出発点に置くのは、想像上の人物ではなく、市場に実在する悩みそのものです。
個人事業の3C——三つの問いをどう埋めるか
では、実際に三つの枠をどう埋めるのか。個人事業では、大掛かりな調査を使わずに埋められます。順番は、顧客、競合、自社の流れで進めていきます。
それぞれの枠を、調査項目ではなく一つの問いとして捉えると、途端に手が動きやすくなります。以下、三つの問いに分け、それぞれの考え方を整理していきます。
顧客——どんな悩みを抱えた人か
最初の問いは、「誰の、どんな悩みに応えるのか」です。ここで大切なのは、年齢や職業といった属性ではなく、相手が実際に言葉にしている悩みそのものを捉えることです。
具体的には、その人が検索窓に打ち込むであろう言葉を、思いつくまま書き出してみます。「集客 できない」「値段 決め方」といった、飾りのない生の言葉ほど、確かな手がかりになります。
属性から入ると、どうしても想像の中の人物像に寄っていきます。悩みの言葉から入れば、実在する需要の輪郭を、外側から確かめながらなぞっていくことができます。
書き出した言葉が五つも並べば、その中に必ず、自分が特に力になれそうな悩みが見えてきます。すべてに応える必要はありません。最も深く頷ける一つを選べば、それで十分です。
競合——その人が今、代わりに選んでいるもの
二つ目の問いは、「その悩みを抱えた人が、今は代わりに何を選んでいるか」です。ここで競合を、同業他社だけに限ってしまう必要はありません。
たとえばオンライン講座を売るなら、競合は他社の講座だけではありません。書籍や無料の動画、あるいは「自己流で何とかする」という選択肢も、あなたにとってはりっぱな競合です。
相手が悩みを解くために触れているものを三つほど挙げ、それぞれが何を満たせていないかを眺めます。競合を見る目的は、勝ち負けの比較ではなく、まだ空いている場所を見つけることです。
たとえば無料の動画は網羅的でも、自分の状況に合った順番までは示してくれません。その「合わせてくれなさ」が、あなたの入り込む余地になります。空白は、相手の弱点ではなく、あなたの席です。
自社——競合にはない、自分が届けられるもの
三つ目の問いは、「競合が空けている場所に、自分は何を届けられるか」です。ここで初めて、視線を自分自身へと向けていきます。
注意したいのは、自分の強みを資格や経歴だけで考えないことです。これまでの実務で自然に下してきた判断や、こだわり続けてきた工程にこそ、競合にはない持ち味が眠っています。
たとえば「初心者に遠回りをさせない説明の丁寧さ」のように、当たり前にやってきたことが価値になります。強みは、探すものではなく、すでにやっていることの中から気づくものです。
「強みなど何もない」と感じるときほど、それは自分に馴染みすぎて、価値として見えていないだけのことが少なくありません。競合の発信と並べてみると、その差は驚くほどはっきり浮かびます。
三つの重なりに「選ばれる理由の一文」を置く
三つの問いが埋まったら、いよいよ仕上げです。顧客・競合・自社の答えを、一つの文へとつなげます。ここが、3C分析のいちばん大切な工程になります。
文の形は、決まった型に当てはめると作りやすくなります。「◯◯で困っている人に、競合が満たせていない△△という形で、自分の□□を届ける」という一文です。
やることは、型の空欄を、先ほど埋めた三つの答えで置き換えるだけです。難しく考える必要はありません。まずは荒削りでよいので、一度最後まで文にしてみることが肝心です。
たとえば「紹介頼みの集客から抜け出したい個人事業主に、流行の手法ではなく原理原則という切り口で、現役の設計手順を届ける」。三つの答えが、一本の線でつながります。
この一文が書けたとき、初めて3C分析は完成します。逆に、三つの枠が埋まっていても一文にならないなら、どこかの重なりがまだ弱い、という合図なのです。
つながらない原因は、たいてい真ん中の競合にあります。顧客と自社だけを見て競合の欄を飛ばすと、「良いものを届ける」という、当たり障りのない文になってしまうからです。
一文にしてみると、自分が選ばれる理由を、これまで曖昧なまま抱えていたと気づく方が多くいます。頭では分かっていたつもりでも、言葉にした途端、急に輪郭がはっきりするのです。
そして、この一文は長く飾る必要はありません。むしろ、他人に一息で読んでもらえるくらい短いほうが、後の発信で使い回しやすくなります。飾りを削るほど、芯だけが残っていきます。
三つの枠が一文にならないうちは、まだ分析は終わっていません。枠を埋めることではなく、一文にすることを、ゴールに置いてください。
書けた一文を、日々の発信にどうつなげるか
選ばれる理由の一文は、書いて終わりではありません。むしろ、そこからが本当の出番です。この一文は、日々の発信のすべてを支える土台になっていきます。
たとえば、ブログ記事のタイトルや、プロフィールの紹介文。あるいは、何を発信するか迷ったとき。そのすべての場面で、この一文が判断の基準として働いてくれます。
一文があると、発信のたびに「これはあの人に向いているか」と一言で確かめられます。判断の物差しが一つ定まるだけで、日々の迷いは目に見えて減っていくでしょう。
発信が一文からぶれていなければ、集まる人は自然と、その理由に共感した相手へ寄っていきます。一文は、事業の入口に立てる一本の旗のような役割を果たします。
反対に、この旗がないまま発信を続けると、日によって語る内容が揺れ、集まる人の顔ぶれも定まりません。何を書くか迷う時間が長い方ほど、まずこの一文を持つ効果は大きく出ます。
そしてこの一文は、一度作って固定するものではありません。事業が進み、相手の悩みや競合の顔ぶれが変わっていけば、それに合わせて少しずつ書き直していきます。
3C分析は、一度きりの儀式ではなく、選ばれる理由を定期的に問い直す習慣です。季節の変わり目にでも、この一文を見返す時間を持つとよいでしょう。
見返すたびに、以前より短く、鋭く言えるようになっていれば、それだけ事業の輪郭がはっきりしてきた証拠です。一文の移り変わりは、そのまま自分の歩みの記録にもなっていきます。
総括:3C分析は、選ばれる理由を言葉にする道具
ここまで見てきたように、3C分析は市場を調べ上げるための儀式ではありません。顧客・競合・自社の三つを重ね、自分が選ばれる理由を一文にするための、実務の道具です。
個人事業では、大企業のように市場全体を狙う必要はありません。目の前の一人の悩みから始め、競合が空けている場所に、自分の持ち味を届ける。その一点さえ見つけられれば十分です。
忘れてはならないのは、3Cはあくまで手段だということ。その目的は、集客・教育・販売という一連の流れの入口で、正しい相手と出会うことにあります。分析は、その出会いに奉仕する道具にすぎません。
三つの枠を埋めること自体に、価値があるわけではありません。価値が生まれるのは、三つが一文になり、その一文が日々の発信を導き始めたときです。
精緻な分析ができたかどうかは、この際どうでもよいのです。問うべきは、明日の発信でそのまま使える一文が、いま手元にあるかどうか。それだけが、個人事業の3Cの合否を分けます。
3Cで数えるべきは、埋めた枠の数ではなく、選ばれる理由がひとつの文になったかどうかです。
もし今、三つの枠の前で手が止まっているなら、調査から入るのを、いったんやめてみてください。目の前の一人の悩みを一行書き出すところから、あなたの選ばれる理由は動き出します。
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