ウェビナーの成約率は、当日の話し方で決まると考えられがちです。ところが、同じ資料を同じ人が話しても、回によって結果は大きく変わります。
この差は、当日の出来ではなく、参加者がその席に着くまでの過程から生まれています。本稿では、その過程を場の設計という観点で分解し、明日から自分の企画で確かめられる形に整理してお伝えします。
同じ資料で話しても、回によって結果が変わる
ウェビナーを繰り返し開いている方ほど、回ごとのばらつきに戸惑うことがあります。資料も筋書きも同じなのに、手応えだけが揃わないからです。
ある回では終わりの案内に自然と反応が集まり、別の回は静かなまま幕を閉じる。使ったスライドは一枚も変えていない、という状況です。
良かった回と沈んだ回の差はどこにあるか
この差を、多くの場合は当日の出来に結びつけて解釈します。あの日は声の調子が悪かった、間の取り方が乱れた、という具合です。
当日の状態が結果に影響するのは確かです。ただし、差のすべてをそこに押し込むと、次の回に打てる手は「もっとうまく話す」の一つだけになってしまいます。
説明のつかない差を全部その日の出来に帰すと、改善できる場所がひとつしか残りません。そして、その一つを磨いても差が消えないとき、原因はさらに自分の力量へと帰されていきます。
ここで一度、視点を講師側から外してみます。回ごとに確実に入れ替わっているものが、もう一つあるからです。
変わっていたのは講師ではなく客席のほう
入れ替わっていたのは、客席に座っている人の顔ぶれです。話し手は同じでも、聞き手は毎回まったく別の集団になっています。
同じ内容を届けても、受け取る側の準備が違えば、返ってくる反応は変わります。なぜなら、ある話が響くかどうかは、その人がそれまでに何を知り、どこまで自分の問題として考えてきたかに左右されるからです。
ウェビナーの成約を分けているのは当日の話し方ではなく、参加者がその席に着くまでに何を受け取ってきたかです。
だとすれば、改善の対象は当日の外側にあります。次の章では、なぜウェビナーという場に限って、この差が当日には埋めきれないのかを見ていきます。
一対多の場では、参加者ごとに出発点を変えられない
ウェビナーには、他の販売の場にはない制約があります。多数の相手へ、同じ内容を、同じ時間に届けるという形式そのものが持つ制約です。
個別相談との決定的な違い
個別相談であれば、話の出発点は相手ごとに動かせます。すでに理解している方には前提の説明を省き、初めて話す方には基礎から順に置き直せるからです。
相手の表情や質問を手がかりに、その場で組み替えることもできます。一人を相手にしているあいだは、内容と相手の距離を常に調整できるわけです。
ウェビナーでは、この調整ができません。一つの時間軸に流せる話は一つだけで、そこに何十人分の異なる出発点が同時に並んでいるからです。
初めての方に合わせれば、以前から読んでいる方には既知の話が続きます。逆に、読んでいる方に合わせれば、初めての方は最初の十分で置き去りになってしまうのでしょう。
一対多の場では、相手に合わせて出発点を動かすという手が、はじめから使えません。だからこそ、集まる人の準備が揃っているかどうかが、そのまま結果に出ます。
前提を揃える作業は、開始前にしか置けない
出発点を場の中で揃えられないのであれば、揃える作業は場の外に出すしかありません。具体的には、告知から当日までのあいだです。
参加者の前提を揃える作業は、開始前にしか置けません。始まってしまえば、内容は一本の線として全員に同じ速度で流れていくからです。
本稿でいう場の設計とは、この開始前の組み立てを指します。当日の進め方ではなく、誰を呼び、参加までに何を届け、何を期待して座ってもらうかという事前の組み立てのことです。
そして参加者の温度とは、その組み立ての結果として席に持ち込まれる関心の高さを指します。抽象的な言葉に聞こえますが、中身は次の章から見ていく三つの要素に分解できます。
誰に告知したかが、その回の顔ぶれを決める
最初の要素は、告知の相手です。ウェビナーの客席は、こちらが告知した範囲の中からしか埋まりません。
同じ客席に、三つの経路が混ざっている
参加者がその席に辿り着く経路は、おおまかに三つに分かれます。以前から発信を読んでいる方、誰かの紹介や他の方の案内で知った方、そして広告や検索でつい先日名前を知った方です。
この三つは、同じ画面の前に並んでいても、持っている情報量がまるで違います。一つめの方はこちらの考え方をある程度知っており、三つめの方は初対面に近い状態です。
席は一つでも、出発点は三つある。ここに、当日だけを整えても差が縮まらない理由があります。
そして、この三つの比率は回ごとに変わります。告知の出し方を変えれば、客席の構成もそのつど変わっているのです。
人数を増やすと、変わるのは内訳のほう
ここで、参加人数を増やせば成約も増えるのではないか、という考え方が浮かびます。母数が増えれば、比例して結果も伸びるように見えるからです。
しかし、短い期間で参加者を増やす手段は、たいていの場合、三つめの経路を太くする手段です。広告を出す、外部の案内に載せてもらう、といった方法がそれにあたります。
つまり、人数が増えるとき、同時に変わっているのは客席の内訳のほうです。増えた分の大半は、こちらの考え方に初めて触れる方で占められます。
申込が倍になっても、増えた分が初対面に近い方であれば、同じ時間で辿れる距離は変わりません。結果として、人数の伸びほどには成約が伸びないという事態が起こります。
もちろん、新しい方を集めること自体は必要です。ただ、その回の結果を読むときには、人数と内訳を分けて見なければ判断を誤ります。
たとえば、前回と今回で申込数が同じでも、以前から読んでいる方の申込が半分に減っていれば、それは別の場です。同じ数字の裏で、客席は入れ替わっていると考えられます。
自分の直近の回について、この三つの内訳を数えられるかどうか。ここが、場の設計を見直す最初の分かれ目になります。
申込から当日までの空白に、何を置いているか
二つめの要素は、申し込んでから参加するまでの時間です。この期間は見落とされやすいのですが、参加者の温度を最も大きく動かします。
申し込んだ日と参加する日は同じではない
ウェビナーの申込は、当日の数日前から二週間ほど前に集まります。つまり、申し込んだ瞬間と席に着く瞬間のあいだには、必ず空白の期間が挟まっています。
関心の高さは、申し込んだ直後がいちばん高くなります。「これを知りたい」と思って行動した直後だからです。
その後、日常の予定が入るにつれて、関心は静かに下がっていきます。空白に何も置かなければ、当日は申込時より冷えた状態から始まることになります。
実際には、申込直後の自動返信が一通と、前日のリマインドが一通。この二通だけで当日を迎える構成は、決して珍しくありません。
この場合、参加者が当日までに受け取った情報は、日時と入室方法だけです。関心を保つ材料は、こちらから何も渡していないことになります。
参加率は、事前の設計を映す最初の手がかり
この空白の出来は、当日を待たずに確かめられます。申し込んだ方のうち、実際に何人が入室したかを数えればよいからです。
申し込んだのに来なかった方の数は、当日の話し方ではなく、その手前の設計について語っています。
なぜなら、参加するかどうかは開始前に決まっているからです。当日どれだけ良い話をしても、入室しなかった方には一言も届いていません。
ここで大切なのは、他社との比較や一般的な目安を探すことではありません。前回の自分の回と比べて上がったか下がったか、その動きだけで十分に手がかりになります。
参加率が前回より落ちた回は、当日の内容を疑う前に、申込後の空白を見直す番だと考えられます。当日に届かなかった方の存在は、資料を作り直しても取り返せないからです。
当日、何を期待して座っているか
三つめの要素は、参加者が抱いている期待の中身です。同じ席でも、何を期待して来たかによって、同じ言葉の受け取られ方は変わります。
告知文の一行が、期待の中身を決めている
参加者は、その場で何が得られるのかを告知文から受け取って来ます。読んだ文章の一行が、そのまま当日の期待の輪郭になるわけです。
「全体像が分かる」と書けば、体系的な説明を待つ姿勢で座ります。「自分の場合にどう進めるかを持ち帰れる」と書けば、自分の状況に引き寄せて聞く姿勢になるでしょう。
期待と中身がずれると、内容の質が高くても満足は生まれません。逆に期待どおりであれば、後半の案内も流れの一部として自然に受け取られます。
当日の内容と告知文は、別々に考えられがちですが実際には一組です。告知文が結んだ約束を、当日に果たしているかどうかという関係にあります。
案内があると知らされていない席で起きること
学びだけを期待していた席に、終盤で商品の案内が現れると、聞き手の姿勢は変わります。「そういうことだったのか」という受け取り方が生まれるからです。
これは案内そのものが悪いのではありません。告知文で結んだ約束と、当日の中身がずれていることのほうに原因があります。
一方、案内があると事前に分かったうえで申し込んだ方は、その時間も判断材料として聞きます。買うかどうかを検討しに来ているのですから、案内はその方の期待の内側に含まれているのです。
当日の案内が浮いて見えるかどうかは、告知文に何を書いたかで先に決まっています。
ここで、案内があると先に書けば申込が減るのではないか、という懸念が生まれます。実際、申込数だけを見れば減ることもあるでしょう。
ただし、減るのは主に、案内を聞く気のない方の分です。判断のために来る方が残る客席と、学びだけを求める方で埋まった客席とでは、同じ人数でも意味が違ってきます。
どちらを選ぶかは、その回に何を求めるかによります。関係を広げたい回と、判断してもらいたい回とで、告知文の書き方を変えるという選択肢も残されています。
いずれにしても、アピールが先で、セールスは後です。この順序は当日の数十分の中だけの話ではなく、告知の段階から始まっていると捉えたほうが実態に合います。
練習の時間が当日に集まってしまう理由
ここまでの三つは、いずれも当日より前の話でした。それでも、準備の時間の大半は当日の中身に注がれがちです。
見えるものと、見えないもの
理由の一つは、観測しやすさの差にあります。当日の出来は録画で見返せますし、チャット欄の反応やアンケートの回答も手元に残ります。
一方、告知文がどう読まれたか、申込後の一通がどんな気持ちで開かれたかは、同じ画面には出てきません。見えるものだけを見ていれば、改善の手は自然と当日へ集まります。
その結果、次の回に向けて行われるのは、台本の推敲とスライドの差し替えになります。熱心な方ほど、この作業に長い時間を割いているのではないでしょうか。
見えているものが、いちばん影響の大きいものとは限りません。観測できる範囲の外側に、結果を動かしている要素が残っている場合があります。
話術が動かせるのは、最後の一区間だけ
もう一つ、話がうまい方が売れるのではないか、という見方もあります。実際、話し方の技術は結果に効きます。
ただし、効き方には範囲があります。話術が動かせるのは、その日の時間の中で埋められる距離だけだからです。
当日の時間で埋められるのは最後の一区間の距離であり、そこまでの区間は開始前にすでに走り終えています。
参加者が持ってきた前提そのものを、話し方で遡って作り直すことはできません。ここが、当日の技術に投じた努力が報われにくくなる境目です。
ですから、話し方の練習に意味がないという話ではありません。前提の揃った客席では、同じ技術がはっきりと結果に表れます。
問われているのは技術の価値ではなく、手を入れる順番のほうです。事前の設計を整えてから当日を磨くと、同じ練習が別の成果になって返ってきます。
総括:ウェビナーは当日のイベントではなく、導線の最後の一区間
ここまでを整理します。ウェビナーの成約を左右しているのは、当日の話し方ではなく、告知の相手・申込後の空白・告知文が結んだ期待という三つの事前要素でした。
いずれも当日には動かせません。一対多の場では出発点を相手ごとに変えられず、参加しなかった方には何も届かず、期待の中身は告知文の時点で決まっているからです。
集客・教育・販売という三つの工程で捉え直すと、この構造はさらにはっきりします。ウェビナーは、教育の終盤と販売の入口を一つの場で兼ねているからです。
ウェビナー当日は独立したイベントではなく、集客と教育を経てきた導線の最後の一区間です。
成否が場に立つ前に大きく動いているという構造は、「マーケティングとセールスの違いと、成果を決める順番」でも触れました。ウェビナーでは、その手前が告知先の内訳と申込後の空白という、数えられる形を取ります。
明日その場でできる、三つの確認
最後に、資料を開かずに確かめられる三つを挙げておきます。いずれも直近の一回分の記録があれば、その日のうちに書き出せます。
一つめは、申込者を三つの経路に分けて数えることです。以前から読んでいる方、紹介で来た方、広告や検索で知った方の内訳を出します。
二つめは、申込日から当日までの日数と、そのあいだに届けた通数を並べることです。空白の長さと接触の量が、一目で見えるようになります。
三つめは、告知文を読み返し、そこで約束した内容と当日に扱った内容の差を一行で書くことです。ずれが見つかれば、次の回で先に直すのは告知文のほうになります。
この三つを書き出すだけで、これまで当日の出来として片づけていた差の多くに、別の説明がつきます。次の回の準備は、資料を開く前に、告知文を開くところから始められます。
次に読みたい記事——自動ウェビナーの限界。自動化してよい部分の見極め
本稿では、ウェビナーの成否が当日より前の設計で大きく決まる構造を扱いました。ここまで読むと、次に気になるのは、その事前の部分をどこまで自動化できるのかという問いではないでしょうか。
録画とメールで回し続ける形にしたとき、何が保たれ、何が失われるのか。その境目については、教育記事「自動ウェビナーの限界。自動化してよい部分の見極め」で解説しています。
